わたぶろぐ

東京都在住。犬と一緒にのんびり暮らしています。 ブログでごはん食べていけたらいいなと願望持ったバリバリ初心者ブロガー。 チョコと犬とお絵かきが好きです。 お役立ち情報をのんびり更新。節約、犬のしつけ、犬の手作りレシピ等々。創作小説も載せます。

女神さん、寝てください!④

絹川飛鳥。

先月成人して酒が解禁したばかりのごく平凡な大学生である。

洗面所で顔を洗ったついでに鏡を覗き込めば、寝癖が付いたままの短い黒髪と、冷たい水で少しだけ寝惚け眼がマシになった見慣れた顔がそこにはあった。

目を見張るようなイケメンでも、オスカーでもない。

妙に輪郭のはっきりとしたリアルな夢だった。落下の痛みもまるで現実のようにあったというのに、目が覚めた今となっては体の違和感は少しない。

 

漫画ならどこかに夢の名残があって、夢じゃなかったんだ!という展開があるだろうけど、それらしいものは一つもない。

当たり前だ、と納得しつつも残念な気持ちも強かった。まるで物語の中の主人公になったような高揚感があったから。

そのあとで、少し安心した。明らかに働き詰めで睡眠不足の女神さんもいう女性も、日照不足に苦しめられているドロシーという少女も、ただの空想だったのだから。

 

今日は金曜日。講義は二時限目からだから、かなり時間に余裕がある。少し早めに出てコンビニのおにぎりあたりで軽く朝ごはんを済ませたら、図書館でレポートの添削でもしよう。

夢の中で湧いたやる気を現実のほうへシフトしながら身支度をすませていく。

いつも通りの朝、少しだけ不思議な夢を見たいつもと変わらない日常。

 

「………え、」

 

部屋を出た瞬間、偶然隣の住民も飛び出して来た。

強風に煽がれたような乱れた髪をそのままに、慌ただしくドアの施錠をしている女性。お隣さんが女性だというのをこの瞬間に知って、それと同時に、

 

「おはようございます」

「お、はようございます…」

 

彼女が女神さんと全く同じ外見と声だという事態に驚愕していた。

目が合った俺に軽い会釈と共に挨拶をして早々に通路と階段を駆け下りていきすぐに彼女の姿は見えなくなる。

かなり急いでいたようで、何とか返事を取り繕い明らかに挙動がおかしかった俺に不審な眼差しを向けることはなかった。

良かった。いや、それとは別に全然良くないけれど。

 

「……夢じゃなかった…」

 

少しだけ不思議で理不尽な現実がただそこにあると、理解した俺が呟いた声は、高揚感が欠片もなかった。

 

 

 

家を出たあとコンビニに立ち寄るも何も買わず、時間を潰すために図書館に入るも何も手に付かず、講義が始まればずっと上の空だった。

 

「夜更かしでもしたか?」

「ある意味そうかも…」

 

友人からそう問われても仕方ない。

俺の奇妙な回答に「珍しい」と呟いて目を見張り、食券のボタンから暫く指を離さないくらいには友人は驚いていた。

彼は一時限目の講義に遅れないために、一時期大学から徒歩圏内の俺の部屋に何度か泊まっていたから、俺が布団に入れば三秒で寝る事も日付が変わるより前に眠くなる事も知っているだろう。

 

「どうした?お前もハゲたか?」

「え、須藤とうとうハゲたの?大丈夫だよ、確かに抜け毛は多いけど、ぱっと見はわからないから」

「待て、とうとうって何だ。抜け毛が多いってどういう事だ」

「えーと、泊まった時にお風呂とか枕についてるのとかで、もしかしてって思ってた。…なんか悩みがあったら言ってね」

「俺のセリフだよ!!!」

 

何で俺の髪の話になってんだ!と彼、須藤悟は賑やかな食堂でもよく響く大声で叫ぶ。

何故わかったのかと疑心の眼差しを向けているが、ひょっとしたら自覚なく「お前も」と、口にしたのだろうか。しかし、これ以上話を続けるのは須藤に悪いだろう。彼は心労を増やすつもりはない。

 

「んで、悩みでもあるのか?お前が理由もなく夜更かしするとは思えない。良い理由ならもっとドヤ顔してるはずだ」

「…そうかな?」

「成人するまで酒もタバコもしたことない真面目人間のくせに、悪い事もするよ?みたいな顔すんな」

「それだけで真面目人間って大袈裟な…当たり前の事をしてるだけなのに」

「わかったわかった。そんで、お人好しの堅物ルール野郎はどんなことをクソ真面目に悩んでるんだ?」

「すごい勢いで進化したなぁ」

 

会ったばかりのドロシーに責任感が強過ぎると評価された事を考えれば、須藤の言葉は間違いでもないのだろうか。

彼は言葉は悪いし、すぐに俺をからかってくるけれど、俺を大事に思ってくれているのは真っ直ぐな視線から実感出来る。その気持ちに応えたいところだが、果たして荒唐無稽な話をどこまで話して良いものか。

うーん、と悩んでいると須藤はハァ、と溜息を一つ吐いてカレーを食べ始める。

 

「まぁ、話しにくい話なら無理に聞かねーけどさ。言えるもんは言っといた方がいいぞ」

「俺、須藤のそういうところ好きだよ」

「ゴッフ」

「うわ、大丈夫?ほらティッシュ

「ボケきぬ!ありがとよ!!」

「えっ、なんで俺、今怒られたの」

「何でだろうなぁ!?」

 

 須藤は時々情緒不安定になるのが心配だ。

 

「えーと、ちょっとへんてこな話になるんだけど」

「ああ、安心しろ。もうお前から一発もらったから今日の俺は最強だ。お前からどんなトンデモ発言飛び出しても驚かねぇよ」

「夢の中で会った人が、実は今日初めて会ったお隣さんだったんだ」

「待て、予想以上にへんてこだった」

「そのお隣さんの睡眠時間がたったの二時間半だったんだよ」

「待て、待て、何で今日初めて会ったばかりのお隣さんの睡眠時間を把握している」

「どうにかして眠ってもらいたいんだけど、どうやったら布団に誘えるかな」 

言い方!!!」

 

須藤がカレーを食べるのを中断して頭を掻き毟りながら「わけがわからねぇ!」とかなり困惑しながら嘆いている。

やはり荒唐無稽が過ぎただろうか。

困らせたいわけではないから俺がやはり止めようと提案するも、水を一気飲みした須藤が待ったをかけた。

 

「……赤の他人だろ?お前がどうこう悩む必要あるのか?」

「須藤は、明らかに仕事漬けしてて睡眠時間二時間半の女の人の存在知ったら、放っておくの?」

「そういうわけじゃねぇけど、正直知り合いでもない奴にそんなこと言える立場じゃねーし。相手からしたら、好きでそういう生活してる可能性だってあるだろ?」

「そう、かも」

「だったら、余計なお世話だ!って話だ。俺達は学生だし、社会人で女の人の都合なんてわからねぇんだから。…納得は、出来ねぇだろうけど」

 

須藤の言葉は正しい。

女神さんの事情どころか名前すら知らない赤の他人。もっと言うなら、彼女と出会ったのはオスカーであって、絹川飛鳥ではない。

彼女にとっても俺は、今日初めて顔を合わせたお隣さん程度の認識に違いない。そんな見知らぬ男から生活指導をされる彼女の気持ちを測ると、ただの恐怖体験にしかならないのは火を見るより明らかだ。

 

だけど。

ドロシーが頭を下げ続けている姿を思い浮かべると、やはり納得は出来なかった。何とか出来ないだろうかと、諦められない。

そんな気持ちが顔に出てたのか、須藤は呆れ顔で溜息を吐いている。しょうがないな、とばかりに笑顔付きで。

 

「ま、お前がもう絶世の美少女…ああ、女の人の場合は美少年とかだったら、また別だっただろうけどなぁ」

「え?」

「めちゃくちゃ可愛い女の子が、寝てくださいよぉ!ってすごい心配してくれたら、もう理屈とか抜きですぐ寝るだろ?言う事なんでも聞いてあげたくなっちゃうって。それって男だけじゃなくて、女だってそうだろ?」

 

須藤がわざとらしい高い声で演じてみせると、俺は目から鱗が零れるような気持ちになった。

 

「まぁ現実的に無理だし、それ以上気にすん、」

「そうか、それだよ!!ありがとう須藤!」

 

俺には無理だ。

だけど、オスカーになれば出来る。

お礼を言うと須藤は訳がわからないと目を瞬かせていた。