わたぶろぐ

東京都在住。犬と一緒にのんびり暮らしています。 ブログでごはん食べていけたらいいなと願望持ったバリバリ初心者ブロガー。 チョコと犬とお絵かきが好きです。 お役立ち情報をのんびり更新。節約、犬のしつけ、犬の手作りレシピ等々。創作小説も載せます。

女神さん、寝てください!③

部屋の外に出ると、まさに夢のような花畑が広がっていた。

見たことのない小振りな白い花で辺り一面を敷き詰められていて、あまり花に興味がない俺でも思わず息が漏れる。柔らかな白と緑の光景の中で、一本の石畳の道が遠くの方まで伸びている。

 

「御使い様には進む道が示されている、と聞いておりますが、いかがでしょうか?」
「示すも何も、普通に道があるよ」
「いいえ。私の目には、花畑だけが広がっているように映っております」
「え?えっ?だけどここに」

 

ドロシーの言葉が信じられず石畳と彼女を交互に見つめ、しゃがんで触れてみれば大理石のようなツルツルとした滑らかで冷たい感触が伝わってくる。
うん、幻覚ではないはず。だからといってドロシーが嘘をつくとは思えない。
さらに注意深く目視で確認すると、石畳が地面から浮かんでいる事がわかった。下には何もないのに上から押してもびくともせず、試しに片足で踏んでも浮かんでいるとは思えない安定した確かな感触がした。


…試しに両足で乗ってみたけど、ぐらぐらもしないし、ジャンプも出来た。

 

「御使い様の目に映っている道が、女神様の元へ赴くための唯一の方法なのです」
「そうなんだ。じゃあ、俺が先に進むからドロシーは後からついてきて」

「いいえ。私は同行出来ません。御使い様以外がこの先に進もうとしても女神様の元へ辿り着けず、延々と花畑の中を迷い続けるのです」
「…こんなに視野が開けているのに、迷うの?」
「はい。むしろ周りが花だけで目印になるものが無く、方向感覚も狂い、方位磁石も機能せず、道標を準備しても無くなり、帰り道すら見失うほどです。ただ諦めて振り返ると、この御使い様のお部屋の扉に戻ってこれるのです」

 

言葉に少し違和感を覚えてドロシーを伺うと、頬に手を当てて深々と溜息を吐き、心底残念そうな表情で肩を落としていた。

 

「……ひょっとして試した?」
「あらっ何故わかったのです」

 

やっぱり。
言い伝えや聞いているなどと口伝いを思わせる言葉が一切無く、妙に詳しく事情を語ったから不思議だと思ったんだ。
「好奇心に勝てませんでした」と恥ずかしそうに吐露する姿に心配になる。

 

「ドロシー。危ない事をしたら駄目だよ」
「ここは女神様の元へ辿り着く聖なる場所ですから、危険な事はありませんよ?」
「でも、迷うのをわかっている場所に突っ込むなんて、……俺だって心配するよ」

 

家族が、友人が、とドロシーを心配しそうな間柄を出そうとして、彼女のことについて何も知らない事に気付いた。
そして咄嗟に俺が心配してる事を口にしてしまった。
いや、待て。言ったことは本心だし間違っていないんだけど、さすがに初対面の男から言われるのは気持ち悪いんじゃないかな。

ドロシーが目を見開いて驚いた様子に、俺は予想が当たったと確信した。

 

「ごっ、ごめん変な事言って!でも、」

「はふぅ……」

 

言い訳する途中でドロシーの奇妙な吐息に思考が止まった。

両手で赤らめた頬を押さえて恍惚とした蕩けた顔で目を閉じている。…なんだろう、嬉しそうに見える。友達が美味しそうにパンケーキを食べた時の顔に似てる。似てるだけでドロシーは照れてるのかもじもじとしてる。

 

「もう、御使い様は罪深い方ですね…」

「罪深い!?」

「ああいえ、けして御使い様の品位を貶めるつもりはございません。ドロシーの言葉が足りないのが悪かったですわ。御使い様はご自身の武器の使い方を熟知していて素晴らしいです」

「ぶ、武器…?」

「まぁ。無自覚なのですか?やはり罪深い…」

「え、ええ……?」

 

何でこんないい顔で責められているんだろうか。というか責められているんだろうか、褒められているとも思えない。どう反応したらいいんだ。

あからさまに狼狽えていた俺の様子を上目で見たドロシーが口元を押さえて、抑えきれていない笑い声を漏らしている。…やっぱりからかわれた?

 

「女神様をどうかよろしくお願い致します」

 

睨み付けると何処吹く風とばかりに礼儀正しくドロシーは告げる。

特別怒っていたわけではないが釈然としない気持ちを沈めて頷いて、「行ってくるね」と返す。

足を進めて時折振り返っても、ドロシーは頭を下げ続けていた。

 

「…………」

 

ドロシーは狡い。急に真摯な態度を取られたら、恨み言すら言えない。

もう振り返る事を止めて進める足を早めた。あのままじゃ俺の姿が見えなくなるまでずっと頭を上げなさそうだ。

 

 

やや駆け足で石畳を走る。

少しずつ浮かんでいる高さが増していき、今は長い石橋の上を歩いているような気分だ。ただ異様な長さがあるから、どちらかというならバランス感覚を鍛えるアスレチックの遊具だろう。

見渡す限り花畑しかない所為で距離感が測れないがそろそろ離れただろうと振り返ると、予測通りドロシーの姿も建物も見えなくなっていた。

 

ふぅ、と一息安心して未だ長く続いている道と再び向かい合うと、ーーー眼前に建物が現れていた。

 

「し……心臓に悪い…」

 

不可思議な事が起きても、夢だからと納得出来ても突然道が途切れてゴールらしい建物が生えてきたらさすがに驚く。

胸に手を当てたらどこどこと大暴れしている鼓動を感じながら見上げた四角い建物は、立派な出入り口といくつも窓がありビルのようだった。

…女神様がいる場所という神聖さはまるでないが、おそらくここで間違いはないだろう。

硝子戸に手を伸ばして押し込めば簡単に開く。中を覗き込むと等間隔に並んだ弱い電灯と無機質な廊下が伸びていた。マンションというより雑居ビルのようだ。少し、いやかなり入りにくい。

 

「おじゃましまーす…」

 

俺の声がめちゃくちゃ響いた。

この先に女神さんがいるって事前に聞いてなかったら幽霊が出てきてもおかしくない薄暗さだ。

恐る恐る侵入すると、閉まった硝子戸の向こうが明るい花畑から何も見えない暗闇に変わった。念のため開けて外を確認したらちゃんと花畑だった。扉を閉めるとまた硝子の向こうが暗闇に変わる。怖い。

仕組みはわからないけどやっぱりホラーじゃないか?

ゲームなら室内を探索していくのが王道だろう。とりあえず室内の扉を開けようとするが、鍵がかかってるみたいだ。一番奥まで行くと上への階段を見つけた。

二階にあった扉も鍵がかかってて開かなかった。

なんだか拍子抜けした気分で三階に上がって行くと、

 

音がした。

 

静かな閉鎖空間は音を反響しやすいのか、秒針の音とは明らかに違うカチャカチャと固く軽いものが速い速度で不規則に鳴り続けている。

三階には二つ扉があり、その片方が半開きになっていて控えめな明かりが漏れて、誘われているようだ。

隙間を覗き込めば室内にはずらりと並んだワークデスクの上にノートパソコンとファイルと紙が所狭しと積まれ並べられている。どこかのオフィスのようだ。

鳴り続けている音、パソコンのタイピング音の発生場所はすぐにわかった。オフィスの奥の位置に茶色の長い髪を一つにまとめた女性の後ろ姿が見えた。

室内は真っ暗で、人は一人だけ。唯一の明かりは彼女と向かい合っているパソコンだけだ。それだけで、俺は何をしているかわかった。

 

「寝てください!!!!」

「うわっ」

 

思わず扉を開け放って出した大声はしっかりと彼女、女神さんに届いたらしく後ろ姿はびくりと弾んだ。

振り返った女神さんは伸ばした前髪を耳にかけて気の強そうなツリ目の下に薄っすら隈のある、年上の女性だった。

彼女は突然現れて駆け寄ってくる俺にものすごく驚いて動揺している顔をしていたけれど、それどころじゃない。

 

「なんで仕事なんてしてるんですか!」

「は?…えっ?なんで、って終わらないから…」

「ここは夢の中なんですよ!仕事なんてしても無駄です!せめてもっと安眠出来そうな夢を」

「うそ、夢!?」

 

彼女の絶叫と同時に、その場が揺れ始めた。

横揺れの地震のような不安定さに立っていられず膝をつき、オフィス内の輪郭がぼやけていく中で彼女だけは平然と座ったまま、起きなきゃ、起きなきゃ、と呟いている。

 

「駄目だ、待って!女神さん!!」

 

彼女に向けて伸ばした腕は届かず、地面が崩れたように体が落ちていく。

一瞬で視界が暗闇に染まり、そして、

 

 

「うわッ!!!いだっ!!!」

「あら」

 

落下した衝撃が尻を襲った。

輪郭が歪んだ近代的な光景から、温かみのある木の一室に変わる。落ちた場所が柔らかいベッドの上だったおかげか、夢の中だからか強い痛みはなく起き上がれば目を丸くしたドロシーがいた。

 

「女神様を起こしてしまったんですか?」

「え、わかるの?」

「日が暮れてきましたから」

 

ドロシーが横にずれて扉の外が見えると、晴天の花畑が綺麗な夕暮れの緋色に染まっていて、見惚れていたらあっという間に暗くなってしまった。

恐らく彼女が目覚めたために、本当に太陽が沈んでしまったのだろう。

 

「ちなみに本日の日照時間は二時間半でした」

「うわあぁぁ……!!」

 

女神さん全然寝てない!むしろ俺が起こしちゃった!

あの慌てぶりを考えると仕事中についうたた寝してしまったといった様子だ。仕事中って何!?今、夜中だよ!?明らかに夜の仕事って感じでもなかった。ドラマとかで見る残業の光景だった、でも今、深夜!!

頭を抱えて苦悶する唸り声をあげている俺の背中を撫でる感触がして、思考が一瞬途切れるといつのまにかドロシーが隣に腰掛けていた。

 

「初めてですから、失敗は付き物です」

「ありがとう…だけど、」

「御使い様は本当に責任感の強い方ですね」

「あ……ごめん。俺、今ドロシー達の都合を考えてなかった。女神さんが普通に心配で…」

 

日照時間が短くなったこの世界の人々よりも、一人きりで仕事に打ち込んでいた女神さんの事ばかり気にしていた。

ドロシーは自分達の生活の事と俺の心配をしてくれていたのに。

 

「御使い様は、ちょっと責任感が強すぎるのでは?」

「それはドロシーのほうだよ」

「私ですか?私は…そうですね、御使い様に直接会うまでは責任に満ちていましたけど、今は安心感しかありませんから、御使い様と比べるのも烏滸がましいくらいですよ?」

 

会ってすぐに良かったと号泣された身としては、とても説得力がある。

しかし、責任感が強過ぎるというのは過剰な評価に聞こえる。俺が納得出来ない顔をしていたのをドロシーはしっかり読み取った。

 

「御使い様が女神様を大事にしてくださり、私達はその恩恵を頂戴する。何よりも優先すべきは女神様、御使い様は何一つ間違えていません」

「だけど、」

「もう、そういうところですよ!私共を慈しんでくださる御使い様の在り方は素晴らしいですが、御使い様は初めてなのです。初めからなにもかも完璧でないのを承知出来ないのは、子供の駄々と同じです」

「うぐ…」

 

年下の女の子から、小さい子の我儘と同等にされるのは精神にくる。

胸を押さえて黙り込んだ俺に対してドロシーは満足げに胸を張っている。敗北感がすごい。

慈しむとか、そんな高尚な考えなんかじゃないのに。ドロシーの考え方のほうが余程素晴らしく聞こえるけれど、今言ったら負け惜しみになってしまいそう。黙っておこう…せめて素直に負ける事で男のプライドを守りたい。

 

「次をまた頑張りましょう。私も出来る事を、一緒に考えさせていただきます」

 

返事は出来なかった。

ドロシーの声を聞きながら、意識が薄らいでいく。

 

 

 

そして目を覚ました。

 

見慣れた白い壁紙の天井と、狭いワンルームの一室。俺が借りてる賃貸アパートの部屋だ。

枕元で充電していたスマートフォンで確認した時間は、朝の六時。

 

「…とんでもない夢を見てた…」

 

今度は自分の名前が、絹川飛鳥だときちんと思い出せて、オスカーという夢の姿の名前と似ているなと妙な感想が頭に残った。