女神さん、寝てください!②

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「大昔の話ですが、この世界に太陽は存在しなかったのです」

 

六畳ほどの室内には寝台にテーブルと二脚の椅子があり、シンプルで寛ぐだけなら困らない家具はあった。全部金色で全然落ち着かないけれど。なんでシーツや枕まで金なの。
ドロシーは椅子を引いて座るように促されて、少し気後れしたけれど彼女が引くとは思えなくて大人しく腰を下ろした。
一度部屋の外に出たドロシーが配膳台を押して戻ってきた。良い香りの紅茶を淹れてくれて、至れり尽くせりだ。俺の分しか淹れなかったからドロシーも一緒に飲もうと誘ったらまた感涙された。本当に良くわからない。
そして、舌が唸るほど美味い紅茶で一口喉を潤わせてから、常識をひっくり返すようなドロシーの一言から話が始まった。

 

「太陽が…?」
「ええ。かつてのこの世界は全て海に包まれ、暗い水の中で生物もごく僅か。この世界を見つけてくださった女神様が、あまりにも静かで寂しいからと自らが太陽の化身となる事で、今の光に満ちた世が続いているのです」
「ふ、ふーん…?」

 

どうしよう。俺、宗教とか全くわからない。話も壮大すぎてどこまでが本当の話なのかもわからない。
つまりこの世界での女神は太陽のような存在という事だろうか。
渋い顔で首を傾げている俺にドロシーは笑顔のままだ。

 

「御使い様にとって神はあまり身近ではありませんか?」
「…俺にとってはそうかな。無宗教だから」
「そのように申し訳なさそうな顔をなさらないでください。御使い様のご事情に合わせてお願いするためにドロシーがいるのです。では、そうですね…」

 

ふむ、と唇に指を添えてドロシーは考え込む。
数秒の沈黙の後で、

 

「女神様は派遣として、この世界に来ていただいております。かの神のお仕事は太陽を昇らせる事です」
「なるほど」

 

神話的な話からだいぶくたけた現実的で想像のしやすい話になった。
ただ、女神様のイメージが一番に出社して職場の明かりをつける、スーツ姿の社員さんになってしまった。これって不敬かな。

 

「女神さんは惑星を動かせるような魔法を使えるの?」
「いいえ。仕事と称しましたが、女神様がこの世界にいらっしゃるだけで陽が昇ると言い伝えられています」
「いるだけでいいんだ」

 

お客がほとんど来ない店番みたい。

 

「はい。ですが、他の誰でもなく女神様でなければなりません。女神様がいてこそ、この世界は成り立っているといっても過言ではありません」

 

店番というより、看板猫みたい。
近所の銭湯が潰れかけていたけれど、そこで猫が飼われ始めた事で売り上げがあがって、改装工事で綺麗になって、まさに招き猫だ!って番頭さんが言っていたな。

 

「そして御使い様と同じように、女神様にとってもこの世界は夢の中なのです」
「へっ?」
「あ、申し訳ございません。どこか説明に不備がございましたか?」
「い、いや、ううん、ごめんね。大丈夫」

 

どうしよう、完全に猫の想像してしまった。
女神様って呼ばれるくらいだから女性のはずだ。俺の想像力が貧困すぎるせいで女神さんが猫のままだけど、ドロシーに悪いから慌てて頭を横に振る。

 

「つまり、俺と女神さんは同じ夢を見てるってこと?」
「まぁ…なんだかロマンス小説のようですね」
「えっ!?」

 

ほんのり頬を赤らめて恍惚と吐息を零すドロシーにつられて俺まで顔が熱くなる。
全然そんなつもりなかったのに、ものすごく恥ずかしい事を言ってしまった気がする。
俺の反応にドロシーは「冗談ですわ」と、もうそれはそれは悪戯が成功して満足そうな笑顔で紅茶を飲んでいた。…俺、やっぱりからかわれてるのかな。

 

「残念ながら違うのです。眠っている間の意識をこちらの世界にお呼びしている、というのが正確ですね」
「ゆ、幽体離脱してるって事!?」
「御使い様や女神様のように降ろす器を得られなかった覚醒世界の方が漂っている、というのが視える者の話です」
「視える、者…」

 

ドロシーから俺の身に何か起こる事は無いと断言されたけど、魂だけが別世界に飛んでるというなら確かに体は無事だ。納得はしたけど、つまり今オスカーになってる間、俺は抜け殻状態なのだ。悪寒がする。
幽霊がそのあたりに浮いているのが当たり前だというドロシーとの間に文化の違いを感じる。
…でも、ホラー番組は夏の特番しか見ないから詳しくないけど、意外と皆知らないうちに幽体離脱してるのかな?俺も今まで寝てる間に夢を見てると思って、実はこの世界でふわふわしてたなんて、絶対になかったとは言えない。
…ん?そう考えると、俺の認識している幽霊も実は死者じゃなくてどこか別世界の寝てるだけの人って可能性もありえたりする?……なんだか、余計な事まで考えて頭がこんがらがってきた。

 

俺と女神さんは眠る事でこの世界にやってきた。
女神さんはこの世界に太陽を昇らせる役割を持っている。
御使いの役割は女神さんと会って、もっと寝てくださいと生活指導する事である。

 

………んん?
ドロシーから説明された内容を改めて頭の中で並べてみて、御使いの役割に違和感を覚える。
もう違和感を通り越して謎の塊だ。

 

「…俺って、何かやる必要あるの?」
「どういう事でしょうか」
「ドロシーは俺に、この世界を救ってほしいってお願いしてきたよね。でもそれが、女神さんにもっと寝てくれって…」

 

どういう事、と問いかける前にドロシーの笑顔が消えている事に気付き息と共に飲み込んだ。
何かを耐えるように瞼を微かに震わせてから、閉ざしていた青い瞳をこちらに向ける。

 

「……昨日は二時間でした」
「うん?」
「一昨日は、四時間。六日前は十二時間でしたが、それから平均でも三時間から四時間と、とても短いのです」
「………何が?」
「ここ数年の、この世界の日照時間です」

 


ここで、俺の思考は停止した。

 

この世界に住んでいるドロシー達にとって、日照時間が短い事は死活問題だという事を理解して。
この世界の日照時間は、女神さんがこの世界にいる時間だという仕組みを理解して。
その日照時間が、女神さんの睡眠時間と同列だと理解して。

 


「女神さん寝て!!!!!」

 


俺は思わず絶叫してしまった。