【創作小説】女神さん、寝てください!①

 

 

 

その日、俺は夢を見ていた。

 

「御使い様、どうかこの世界をお救いください!」

 

 

目が覚めたら見知らぬ木材の天井。

起き上がったら涙で潤んだ青い瞳の少女から真摯な眼差しと懇願を受けていた。何が起こっているかわからないが、これが夢でなければ俺にもよくわからない。


長い栗色の髪と白の修道服がとても似合う、流暢な日本語を喋っている事に違和感を覚える外国人の少女だ。
跪いて、指先が白くなるほど握られた手を微かに震わせている姿は非常に絵になるが、ものすごく居た堪れなかった。わけがわからない状況だけど一生懸命な女の子相手に声を荒げられるほど俺は気が強くない。

 

「…ええと。とりあえず、足崩さない?」
「え……」
「みつかい?が良くわからないんだけど、俺の事だよね。聞き慣れない言葉なんだけど…おつかいに行けばいいのかな?」

 

年下らしき少女を怯えさせないように姿勢を正して、上体を屈めながら出来るだけ穏やかに問いかけた。
何故か少女は俺の対応に驚いたのか目をぱちくりしている。
姿勢はそのままで口が半開きになっている。放心しているのだろうか、何もおかしい事を言っていないはずだが不安になってきた。彼女の反応を待つ間見詰め合って数秒の沈黙が流れた後、──泣き出した。

 

「良かった──────!!!!!」
「えっ?えっ!?」
「御使い様話が通じそうなまともな方だよぉ───…!!!よがっだぁあぁあ!!ウッウッ、うぐぅうう…!」
「ああああ、袖で拭かないほうが、せっかく綺麗な服が、待ってハンカチ…って待って俺素っ裸なんだけど!!??」
「みづがいざまが、おやざじいいぃぃぃ…!!!」

 


何も間違った事をしていないはずなのに。
なかなかに汚く滂沱する美少女と、全裸だった俺がてんやわんやするという、収拾の付かない事態になった。

 


 


数分かけて泣き止んだ少女は、まず胸と局部を腕と足で隠して丸くなっている俺を何故か微笑ましそうにはにかんで服を差し出してきた。
一目で上質だとわかる光沢のある白い生地の上に絵を描くように白い刺繍が施された水干。
…なにこれ、どうやって着替えるの。襦袢は浴衣みたいに着れるとして…というかこの子は出て行ってくれないの。
少女はにこにこと上機嫌そうに畳まれた服を崩して、「お手伝いさせていただきます」と絶望的な事を言ってきた。

 

「じ、自分で何とかするから…!」
「いいえいいえ、巫女は御使い様に仕えるためにここにいるのです」
「巫女、って君のこと?」
「はい。今代の巫女、ドロシーと申します。ささ、お仕着せを…」
「オゥ……」

 

ドロシーと名乗った彼女は笑顔で押しが強い。仕組みがわからない綺麗な服をぐちゃぐちゃにしてしまうのも忍びない。了承するのも恥ずかしかった俺は情けなく鳴くしかなかった。
せめて見苦しくないようドロシーに背中を向ける。腕を軽く広げれば、「失礼します」と声と同時に襦袢の袖を通される。今まで俺が着たどの服よりも肌触りが良い。静かな室内に布ずれの音がやけに大きく聞こえる。
夢なのに、妙なところがリアルだ。
出来るだけ見ていたけれどドロシーの手際が良すぎて、途中から覚えられなかった。脱ぐならまだしも着直すのは難しそうだ。何が起こっても服を脱ぐのは止めよう。

 

「出来ました。こちらでご確認ください」

 

ゴトト、と物音がして振り返る。ドロシーが金で装飾された姿見を運んできた。
鏡の中で白い水干と、デニム生地の青いズボンを着た、――銀髪碧眼の美青年が間抜け面で棒立ちしていた。

 

「…え?これが、俺…?」
「はい!とてもお似合いです!」
「おれ、俺えッ!!?」

 

いやいやいや、違う。着飾ってまるで別人のように綺麗になったヒロインみたいな反応になってしまったが違う。俺はこんな明らかに外国人のような堀の深い整った顔立ちではなかった。
髪や瞳の色もこんな華やかな明るさはなかった。凡庸な黒で、どんなに光を当てたとしても焦げ茶だ。
夢だからなんだろうか。

 

「では御使い様、お話を聞いていただきたいのですが」
「御使い様って堅苦しいし、オスカーでいいよ」
「はい、オスカー様」
「え?」
「?」
「…俺の名前、は…オスカー」
「はい、オスカー様。…どうかなさったのですか?」

 

「……俺の名前が、俺のものじゃない」

 

あまりにも自然に、当たり前のように名乗った名前が自分のものじゃなかった。
信じられない気持ちで片手で口を覆い、もう一度確かめるために出した自身の名前は「オスカー」。
俺とは全く違う、銀髪碧眼の男に似合う名前だ。
俺は俺なのに、俺ではない「オスカー」にされてしまうようで、恐ろしくて震え出した。
これは夢だ。…夢じゃなければ、俺は、俺じゃない「オスカー」にされてしまうのだろうか。

 

 

「御使い様」

 

子供を宥めるようなドロシーの柔らかな声が聞こえた。
縋るように視線を戻せば、彼女はとても優しそうに微笑んでいた。それは俺のためというより、心の底から安心して満たされたような恍惚とした笑顔だ。

 

「御使い様はとても優しく穏やかで心の美しい尊い方だとわかって、ドロシーは嬉しゅうございます」
「…こんなタイミングで褒められると、どう反応していいのかわからないんだけど…」

 

頬が熱くなっているのは手のひらから熱が伝わってわかる。耳も少し空気がひんやり冷たく感じるから赤くなっているかもしれない。身に余る褒め言葉の連続にちょっと体が痒い。
まだ出会って三十分も経っていない男に対する評価に「買い被りすぎじゃ…」と何とか謙遜しても、彼女は何故かうふふと笑って楽しそうだ。

 

「ひょっとして、からかってる?」
「とんでもございません。御使い様が素晴らしい方だからこそ、ドロシーも安心してお話が出来るのです。深く感謝しております」

 

堂々とした態度で仰々しく丁寧な否定をもらったけれど、彼女は相変わらずニコニコだ。…やっぱりからかわれているのかな。
眉を寄せて訝しげな眼差しを向けるとドロシーは不意に佇まいを正した。
先程までの楽しげな笑みは溶けるように消えて、清廉な凛々しさを携えた微笑を浮かべた。

 

「ご安心ください御使い様、ここは貴方様にとって夢の世界であり、我らはその住人でございます。その身も御使い様を降ろすための器であり、御身が損なわれる事はありません」

 

夢の世界の住人に、ここは夢の世界だと言われるのはどこか不思議な感じだ。
俺が「オスカー」になっている理由はいまいちわからないけれど、俺に何か起こることはないのがわかって安心する。
ほ、と漏れた息と一緒に強張っていた体の力も抜けた俺とは反対に、ドロシーはとても強張った表情をしていた。
緊張しているような、絶対に失敗が許されないプレッシャーに押し潰されそうな、俺まで背筋が伸びそうなほどの切迫感だ。

 

「貴方様にとって我らは夢の中の泡沫にも満たぬ存在、けれど、どうか、どうかお願い致します。この世界をお救いください。御使い様にしか成せないのです」

 

…いや、彼女は、もしかしたら世界の命運を背負っているのではないだろうか。
例えば俺が、嫌だと言ったら、世界は救われないから。
だから彼女は今震えて、判決を待つ罪人のような顔をしている。

 

「俺に、」
「………」


「俺に出来る事が、あるなら」
───いいえッ御使い様にしか出来ないのです、貴方様にしか、…っだから、ありがとう、ありがとうございます…!!」

 

ドロシーは感極まったようにまた泣き出してしまった。まだ俺、何もしてないのにまるで世界が救われた後のような反応だ。
やっぱりちょっと汚く泣いたドロシーは、泣いている場合ではないと袖で涙や鼻水をガシガシとだいぶ乱暴に拭って表情を引き締めていた。顔は決まっているのにどこか残念な女の子だ。

 

「ええと、それで俺はどうしたらいいのかな」
「失礼しました、また見苦しい姿を…。御使い様には、この世界の女神様にお会いいただきます」
「女神様に…、うん、それで?」

 


「女神様に、もっと寝てください!と生活指導をしてきてください!」


「待って」

 


ドロシーだけじゃなく、この世界も残念な気配がしてきた。

 

 

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週一更新の予定です。